ゆとり教育の終焉

中学生のお子様を持つお客様から聞き初めて知りましたが・・・

大阪府では公立高校の入試の際の「内申点」の評価方式が大きく変わっているのですね。

変更内容を聞いて「なるほどぉ」と思った事がありますが

良い面・悪い面どちらもあると感じました。

この「内申点」の評価方式の変更ついて、神様オタク視点で思った事がありましたので率直な意見を書きます。

内申点と言う神を作ったわけだな

この話をお客様から聞いた時に、最初に思った事は失敗を挽回する事が出来ないシステムなんだな・・と言う感想を持ちました。

と言うのは・・・
僕たちの世代の時の内申点の評価対象は3年生の時の生活態度であったり提出物であったりが主な評価対象だったと思います。

しかし変更後は・・・
評価対象学年が全学年へと拡大されているようです。

中3:中2:中1=3:1:1の割合で評定されるために(中1、中2での成績が評定の40%を占める)のです。

このシステムの場合

例えば1年・2年の時の生活態度が悪い生徒が、心を入れ替えて3年生で頑張って猛烈に挽回したとしても、過去の過ちが足を引っ張り実力どうりの志望校に進学しにくくなるわけです。

これに対して不満やクレームを申し立てたところで・・・

評価基準も「相対評価」から「絶対評価」へと変更されましたので、不満やクレームを申し立てたところでぐうの音も出ないのです。

システムなので、そこに温情や心情という情が入り込む余地も無く
「でも二年の時にやっていなかったので仕方ないよね」「やらなかったのは貴方ですよね」と言う事実しかなく・・・言い訳の余地も無いわけです。

日本の神様は失敗だらけですwww

失敗しても失敗しても最終的には成長して立派な神様になるわけです。

神話は失敗から立ち直る事の素晴らしさを教えています。
なので神様オタクの僕としては、このシステムにはなんともいえない違和感を感じました。

しかし・・・
よくよく考えて見ると、これってあくまでも生徒視点での考えであって

教師視点で考えるとこうする事が現状でベストだったんだな・・・と。

要するに「内申点と言う神」を作る事で教師の威厳を取り戻したんだな・・って言うのが僕の感想です。

平将門公や菅原道真公に代表されるような祟神を祭る事で乱れた世を抑えようとした昔の政府と同じような事を現代人もするんだな・・・って

この神様は怖いけど
ちゃんと敬って祭っていると大変なご利益がある

って言うのと全く同じで面白いです。

僕の時代は教師は憧れの職業だった

将来なりたい職業は・・と言う質問をされれば「教師」と答える生徒が数多くいました。

テレビドラマと言えば学園もののドラマが大人気で、生徒ではなく先生が主人公でした。

涙を流しながら「今からお前たちを殴る」と言い、グーパンチを次々とお見舞いしていく教師像に何の疑問も持たず・・・あんな先生がいればいいなぁなんて事を普通に思っていた時代です。ww

今ではどうでしょうか?

ドラマとは言えグーパンチをする教師なんて恐らくクレーム殺到です。

実際の教育現場でも、先生の立場はかなり窮屈で想像するだけで気の毒になります。

とうぜん体罰には反対なのですが・・・
体罰とは言えないような事まで体罰だと言って騒がれ

モンスターと呼ばれる父兄や生徒にまで気を使わなくてはいけない。

正直言って、いったいどうやって生徒を指導し、どうやって成績を向上させるのか?

まるで、武器を持たず素手で戦場に行っているようなものなんじゃないですかね?

だからそこに・・・
内申点と言う神を導入したのだと思います。

このシステムなら、苦情を言われても明確に説明でき一切クレームを受け付ける必要はありません。

全学年と全科目を対象とするので、生徒の立場からするとこのシステムは祟神のように恐ろしくちゃんと祭らないといけないと言う心理が働く事でしょう。

これは、生徒や父兄に対してかなりの抑止力になりますので、確かにこれで教師の威厳は取り戻す事が出来るシステムです。

ただし・・
教師の質は確実に落ちるでしょうね。

こう言うシステムの無い時代の先生は、人間的な魅力や情熱で生徒の心を引き付けました。

怖いけど良い先生・・とか
あの先生のおかげで・・とか思える先生は沢山いました。

だから、その頃の生徒は先生を尊敬していたのだと思います。

これは金八先生というドラマでの台詞。

「辛いことがあって、あちこちぶつかっていれば、そりゃどこか腐ってくる。だが私たちはみかんを作ってるのではない、人間を作っているのだ!人間の精神が腐るということは絶対ない!!」

私たちはみかんを作ってるのではない、人間を作っているのだ!

こう言った人間力と言うか人間形成力と言うか・・・
いわゆる「人を育てる」と言う部分の能力は確実に落ちると思います。

だって・・・
自分自身の人間力で生徒を導くのではなく、システムに頼るわけですから・・その部分が低下するのは仕方が無い事ですよね。

結局の所、極と極を行き来しているのです

「詰め込み教育」と言う事が問題視され、「詰め込み教育」の反対の極にある「ゆとり教育」が始まったわけです。

「ゆとり教育」とは何だったのか?

社会風潮も相まって「媚びまくる教育」だったんじゃ無いのかなと思います。

モンスターな親に媚びる
生徒にも媚びる
社会全体に媚びる

そんな媚びまくる姿勢が目にあまり出し、そのリバウンドとして「内申点の改正」なんじゃないですかね・・・

これで結果的に、ゆとり教育のまた逆の極に振り子が振られた事になります。

まぁ・・・
こうして社会って進化していくのでしょうね。

大切な事は・・・
子どもの教育に関して学校に丸投げは駄目だということ。

学校で足りないものは家庭で補う必要が絶対的にあると言う事です。

僕の長男も、来年から中学生です。
どうなる事やら・・・ww

色々と不安ですが、子どもの明るい未来を信じてバックアップしていきたいと思います。

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KAZUNORI
神様の存在を信じ年間200~300の神社仏閣をめぐっている神仏オタクです。 ★★★★★★【記事が面白かったり共感できた人は、下のボタンでシェアしてくださいね。】
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