「矢沢永吉を目指して、縮毛矯正業界を走ってきた」
僕の話を、少しだけさせてください。
仕事の話じゃありません。
でも、仕事に深く関わる“僕の原点”のような話です。
実は僕、筋金入りの矢沢永吉ファンなんです。
それも、ちょっとやそっとじゃありません。
12歳の頃から48年。ずっと、ずっと矢沢さんの背中を追いかけてきました。
ロックのカリスマが切り拓いた道

1972年──矢沢永吉さんはロックバンド「CAROL」で音楽界に登場しました。
当時の音楽シーンはフォークソングと歌謡曲が主流。
そこへ突如として現れた革ジャンにリーゼントのロカビリースタイルは、まさに異端児。
CAROL解散後、矢沢さんはソロに転向。
1977年には日本のロック・ソロアーティストとして初の日本武道館単独公演を成し遂げました。
その後も、海外レコーディングの先駆け、セルフプロデュース、興行の自社運営、著作権ビジネスの革新──
音楽面でもビジネス面でも、矢沢さんは業界を変える存在としてずっと先頭を走り続けてきた。
矢沢さんの言葉に、生き方を教わった
矢沢さんはこんなふうに言います。
「死んだらオシマイだ。でも、生きているかぎりは役柄がある。その役柄をちゃんと演じ続ける。それが生きるってことだ」
そしてこうも言います。
「好きな仕事をして、メシ食って、酒飲んで、好きなクルマころがして、そして最後には死んで物体になる」
カッコいいでしょ?
でもこれは、ただのロックなセリフじゃない。
**“人生の覚悟”**なんです。
僕の役柄──縮毛矯正の世界で
ジャンルは違うけれど、
僕は矢沢永吉さんのような存在に、縮毛矯正の世界でなりたいと思ってここまで走ってきました。
僕の役柄は──
縮毛矯正業界の、押しも押されもしないカリスマになること。
この道一筋。
リスクも覚悟も、すべて背負ってやってきた。
技術も、サービスも、価格も、価値も、全部自分で創ってきた。
矢沢さんのように、誰にも媚びず、でも誰からも信頼される存在でありたいと思っています。
だから「矯正屋」は、僕の人生そのものです
僕のやっている縮毛矯正は、単なる美容メニューじゃありません。
そこには、自分の人生観が込められています。
「カッコよく生きたい」
そうです、僕も矢沢永吉のようにカッコよく生きたいんです。
永ちゃんは決して「イケメン」ではありません。
でも、男として。
人間として・・・
とにかくカッコいいのが矢沢永吉
ブサメンの僕も、そんな矢沢さんの背中を追い続ける事で「カッコよく生きたい」と思っています。
「妥協せず、やるなら本気で」
「年齢なんて関係ない。60過ぎても突き抜けてやる」
そう思っているから、今日も僕は現場に立ち続けています。
そしていつか、誰かがこう言ってくれたら嬉しい。
「縮毛矯正といえば、あの人」
「あの人がいるから、この技術が信じられる」
そういう存在を目指して、これからも走り続けます。
追伸:
矢沢さんのライブで「E.YAZAWA」のタオルを振るたび、心が燃えるんです。
あの矢沢のエネルギーの一滴でも、縮毛矯正の施術に乗せられたらと思っています。
あなたにもいつか、そんな想いが伝われば嬉しいです。


