こんにちは。大阪・藤井寺で縮毛矯正専門の美容室「矯正屋」を一人で営んでいる辻です。
突然ですが、あなたは神社に行くとき、どんな気持ちで参拝していますか?
受験、恋愛、仕事、健康──
お願いごとをする場所、っていうイメージがあるかもしれません。
でも実は、神社にお参りする本来の目的って、「お願いごと」じゃないんです。
これを知ったとき、僕は「なるほど…」と妙に納得したんですよね。
なぜかって?
それは、美容にも同じことが言えるから。
今回は、「神社」と「美容」の意外な共通点について、お話してみたいと思います。
目次
お参りの本当の目的って?

神道の世界では、神社に行く目的はたった3つだと言われています。
それが──
祓い(はらい)
清め(きよめ)
感謝(かんしゃ)
この3つだけ。
つまり、
「悪いものを払い」
「心と身体を整え」
「ありがたいことに感謝する」ために神社に行く。
これが、日本古来の“参拝の本質”なんだそうです。
お願いをするのではなく、
まず自分自身を整えて、神様の前に立つ。
とても日本らしい、謙虚な考え方ですよね。
実はこれ、美容にもそっくりなんです

神社での「祓い・清め・感謝」って、
僕が美容室でお客様と向き合うときの気持ちと、すごく似てるんです。
1.「祓い」=心と髪のモヤモヤを払う
髪がうまくまとまらない。クセが気になる。
そんなストレスを抱えて鏡を見るたびに、心が沈んでいく。
美容室に来るって、
その“モヤモヤ”を祓うためでもあると思うんです。
だから僕は、施術前にたくさん話をします。
悩みを聞いて、不安を受け止めて、いらないものを払う。
これ、美容の「祓い」なんですよ。
2.「清め」=髪を整えることで、自分も整う
髪が整うと、不思議と心もスッキリする。
きれいな髪って、単なる外見じゃなくて
**「自分自身が整った証」**のように思うんです。
美容室での時間は、ただ髪を切る・伸ばすだけじゃなく、
**“心と身体を清める時間”**でもある。
まさに「清め」そのもの。
3.「感謝」=ありのままの自分を受け入れること
「もっと綺麗になりたい」って気持ちはもちろん大事だけど、
「今の自分も悪くない」って思える人の方が、ずっと美しい。
クセ毛だって、年齢だって、髪質だって、
全部受け入れたうえで、それでも前を向こうとする姿勢。
その人の中にある“感謝”の気持ちが、
美しさを引き出す力になるんじゃないかって思います。
神道も美容も、「道」だと思う

神道って、「信仰」っていうより「生き方」なんですよね。
毎日の暮らしの中で、自分を整えていく道。
美容も、まったく同じ。
実は僕、毎朝お店を開ける前に、
神棚に手を合わせてからスタートするようにしています。
お店の空気を祓い、清めて、心を整えて、お客様をお迎えする準備をする。
美容室って、神社とどこか似ているなって、いつも感じるんです。
昔、ある神社の宮司さんにこんなことを言われたことがあります。
「神主は、その神社の“番頭さん”みたいなもの。
参拝者は、神様が導いてくれた大切なゲスト。
そのゲストをぞんざいに扱う番頭は、神様にも叱られますよ。」
──この言葉が、ずっと僕の心に残っています。
お客様も、神様が導いてくださった大切な存在だと、僕は思っています。
だからこそ、一人ひとりを丁寧にお迎えして、心を込めて向き合いたい。
美容師という“番頭”として、今日もその想いを大切にしていたいんです。
髪を整えるって、ただのオシャレじゃない。
**自分と丁寧に向き合って、自分らしく生きるための“道”**なんだと思う。
「美しくなりたい」って思う気持ちは、
どこかで“もっと自分を大切にしたい”っていう心の声なのかもしれません。
おわりに──日本人でよかったなって思う
神社の参拝でよく唱えられる言葉があります。
祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え
意味はこうです。
「私の穢れを祓い、心身を清め、神様のご加護のもとで守っていただき、幸せへと導いてください」
なんて優しい、なんて謙虚な祈りでしょう。
神社も、美容も、
**「願いを叶える場所」じゃなくて、「自分を整える場所」**なのかもしれません。
そんな考え方に触れるたび、
「やっぱり日本人でよかったな」と、僕は思うんです。
髪が整えば、心も整う。
心が整えば、人生も整う。
今日もそんな想いで、お客様と向き合っています。
とは言え・・・
僕は、僕はお客を選びますww
それが未熟だとも、ここで言っている事と矛盾しているとも思いません。
人間だもの。


